高崎市民大会 女子部 2連勝!

9月25日(日)高崎市民大会 女子部試合結果 
  対 ピーチクリーム  38-35 勝。
  対 健康福祉大    50-48 勝。
   部員7名のうち、主力の山口・中澤選手が欠場のなか2連勝!
   次の試合10/30(日)に期待大。

関東リーグ昇格なるか、乞うご期待!

9月25日 於 鶴見大学
対 聖学院大  84-71 勝。 
5戦全勝6部上位戦に進出し、2日に桜美林大淵野辺キャンパスにて日本歯科大学と戦い、勝てば5部昇格します。
柿沼 良助(昭和42年卒)

5戦全勝!見事第一位

ご声援ありがとうございました。
9月25日(日)に関東リーグ6部Bグループの全試合が無事終了!
  4日(日) 91-78 vs 帝京平成大学
 11日(日) 91-73 vs 流通経済大学
 18日(土) 63-61 vs 武蔵野大学
 19日(日) 80-57 vs 高千穂大学
 25日(日) 84-71 vs 聖学院大学
上記の通り、5戦全勝、グループ第一位。
さてさて次なる目標は・・・。

関東リーグ 対聖学院大学 

 25日 於 鶴見大学
  対 聖学院大  84-71 勝。 
   5戦全勝6部上位戦に進出し、2日に桜美林大淵野辺キャンパスにて
   日本歯科大学と戦い、勝てば5部昇格します。

高崎市民大会

女子部試合結果 高崎市民大会
  対 ピーチクリーム  38-35 勝。
  対健康福祉大     50-48 勝。
   部員7名のうち、主力の山口・中澤選手が欠場のなか2連勝!
   次の試合に期待大。
柿沼 良助(昭和42年卒)

「内助の功」中島幸和(昭和48年卒)

 奥様が、OB会費ならびに寄付金のお振込みをいただいた日(2005年8月13日)に、突如、くも膜下出血で倒れられ、ご逝去されました。遺品の中に残されていた振込み控えを見て初めて、中島幸和さんは、OB会総会の案内が届いていたことをお知りになられたそうです。
8月15日高崎市下之城プリエステ武内にて行なわれた告別式に同期の佐藤裕之が参列しました。
奥様のご冥福を心よりお祈りいたします。
新井和義(昭和49年卒)
中島幸和さんのメールアドレス
yu_nakajima@nittsu.co.jp

関東リーグ4連勝 (VS高千穂大学) 観戦記

 9/18 対高千穂大学戦 於鶴見大学
  80-57勝ち・・・24-18 30-9 10-16 16-14
 ディフェンス力は向上しているので、以前より安定感がある。
 もうすこし楽な勝ち方ができそうなのに、相手のペースに合わせてしまう傾向がある。
 シュート力のある選手をマークすることや、シフトの際の徹底を期して練習してもらいたい。
 これで4連勝、来週25日の対聖学院大に勝ってブロック1位になるようがんばる事。
 柿沼 良助(昭和42年卒)

関東リーグ(VS武蔵野大学)観戦記

9月18日 武蔵野大学戦   会場 麗澤大学
 63対61 勝利 (13-5, 11-22, 14-17, 25-17)
 武蔵野大戦勝利により現在までの戦績は3戦全勝となった。
 1ゴールの僅差で試合終了近くの逆転で勝利をもぎ取った。
 経大は逆転されるとずるずると負けてしまうことが多かったが、今回の逆転勝ちは貴重な一勝であり、絶対に勝つという進歩が伺える試合であった。
 1ゴール差の勝利ではあったが、試合の立ち上がりは楽勝ペースであった。
 しかし、第一クォーターの結果は13対5で相手のレベルに合わせるという悪い癖が出て低得点、第二クォーター以降試合終了間際まで相手のペースに巻き込まれて負けていた。
 やっと土壇場の逆転で勝った試合であった。
 相変わらず、パスミスや、イジーシュートを落とすことが多いので、練習時に試合のイメージを考えながら、一つ一つのプーレーに対し、基本に忠実な練習の反復を十分することが重要である。
  横山 一男(昭和44年卒 )

次なる女子部の試合

高崎市民大会  於 浜川体育館
 9/25(日)11:20 対ピーチクリーム
 勝てば、14:50 対健康大学福祉
 ※応援よろしくお願いします!

9月11日 流通経済大学戦 観戦記

先週の帝京平成大学戦に続き、91対73の快勝であった。
スコアー上では18点の差だったが、各クウォータの開始時からするとダブルスコアーになっても良いような試合運びであった。中盤からはドタバタする悪い癖が出てクウォータ終了時には点差が開いていない。
敵のディフェンスの当たりが少し強くなると、バス回しの悪さ、無駄なドリブル、シュートなどの欠点が出てしまう結果である。
今回の勝利の原因は、ディフェンスが良くなっていて、走り負けていなかった。
但し、ポカミスも結構ありノーマークのカットイン、リング下のシュートをされて いる。
各自のマークに細心の注意が必要であった。
9月18日の武蔵野大戦には上記の点を考慮すれば、必ず勝てると信じている。
横山 一男(昭和44年卒)